移住、就農、ちいさなナリワイ・陽と月(ひとつき)農園就農ブログ。そして健康に暮らすためのすべてを記します
社会に満ちる毒から家族を守れ
2日目 硫黄島(いおうとう)
2014-05-02-Fri  CATEGORY: 戦争について
硫黄島の話。

東京の南、2500kmの海上にある島。

第2次世界大戦の終戦直前、21000人超の日本兵とそれ以上の数のアメリカ兵が戦死し、最終的にはアメリカが勝利した激戦の地域。そして今もなお、約13000人の日本兵の亡骸が回収されず、地面のしたに埋まったままになっている島

ここに私達、日本人が忘れていたとても大切なものがある。

硫黄島は当時、超重要な戦略拠点だった。ここはアメリカが爆撃したい日本列島首都圏と当時のアメリカの前線基地だった場所(ハワイとかだったかな?)のちょうど真ん中あたりにある。

アメリカが前線基地から東京まで爆撃機を派遣するためには燃料もぎりぎり。
だから詰める爆弾も限られてしまう。
途中で迎撃による損傷やエンジントラブルでもあろうものなら前線基地まで戻れず海に墜落するしかない。

だからアメリカにとって硫黄島を占領するということは、日本を占領する前準備としてとても重要だった。

敗戦が色濃い日本軍もそれが分っていたから約22000人の兵士を派遣して防衛にあたらせたのだ。

派遣された指揮官は22000人の兵士に二つのことを禁止した

「追い詰められても、自決してはならない」

「追い詰められても、バンザイ突撃(丸腰での特攻自決)をしてはならない」

この令は兵士たちにとって反乱を考えるほど理不尽なものだった。

すでに敗戦濃厚、海上の逃げ場のない小島に派遣された兵士(その大半が職業軍人ではなく徴兵された一般人)にとってすでに死は覚悟したこと。

だからこそ

「追い詰められて捕虜の辱め(その後拷問の末に惨殺されると教育されていた)を受けることなく自決する、たった一つわれらに許された権利を奪うとは何事か?!」

と反乱の動きがでた。

指揮官は一兵卒の元を周って、諭した。

「アメリカ兵が硫黄島を奪うのはB29爆撃機を効率的に日本列島に派遣するためだ。効率良く空襲を行って日本国民を焼いて殺し尽くし、全面降伏を引き出すための戦略だ。だから私たちはこの硫黄島に穴を掘って洞窟に立て篭もろう。立て篭もって最後まで戦い、そしてみんな死ぬ。誰一人として故郷には戻れない。女房、子供、年老いた親にも誰ももう二度と会うことはできない。しかしもし、我らが一日ここで持ちこたえたら、その分本土の空襲を一日遅らせることができる。二日持ちこたえたら二日遅らせることができる。女、子供がその分、長く生き延びる。そこから祖国はよみがえる。だからみんな穴を掘ろう」

こうして統率された私達の先祖は硫黄島で22000人が戦い、運よく助かった約1000人を除いて、指揮官含め21000人が強大なアメリカ軍にそれ以上の被害を与えながら、壮絶に戦死したのだ。私は、この方たち全員になんの感謝も感じず、この年までなにも知ろうとしないで生きてきた。

わずか60年前の出来事なのに、私は知らなかった。今の日本はこんな尊い先祖の犠牲の上に成り立っていたなんて。歴史の授業では習わなかったのだろうか?

習ったのは

「軍事国家だった日本は他国を侵略。当時の軍事教育によって洗脳された日本兵がたくさんの殺戮を行い、そして自らも戦死した。二度と繰り返してはいけない悲劇」

気付かなかった。この人たちは子々孫々、つまり私達を守るために戦って、たった一度しかない人生を散らしていたのだ。

たしかに日本が戦争を犯し、他国の国民を殺害したのは間違いだった。二度とあってはならない。

しかし抗えない時代の大きな力に操られながらも、精一杯、子孫を守るために死んでいった兵士の方たちへの感謝、敬意は知らなくてはならなかったのだ。

硫黄島はアメリカ軍による占領ののちに急ピッチで補給基地としての準備が進められ、日本兵の亡骸のうえにコンクリートを流し込み軍事空港として使用された。敗戦のあと、約10年ほど経って日本に返還されたが、日本政府は兵士たちの亡骸を回収することなく、空港をそのまま使用し続けた。(理由は滑走路を一度はがすのは数千億という費用がかかるため) やがて遺族や生還した兵士たちを中心に世論が高まり、それを抑えるために滑走路のごく一部を引きはがして約8000人の遺体を回収。しかしまだ13000人の遺体が故郷に帰らず、かつての戦地、海上の孤島に取り残されたままになっている。

本の筆者と生還した日本の兵士の対談の一部を抜粋

筆者「アメリカでは硫黄島での戦死者はみんな故郷に戻り、みんな故郷を護るために亡くなった英霊として奉られていますね。いまでも毎年、硫黄島で日米合同の慰霊祭が行われるが、みんなアメリカの政府の援助で(国民の税金で)渡航してきている。しかし日本ではまだ13000人の英霊たちが冷たくて硬い滑走路のした敷きになっている。遺族の方方が地面を掘って遺骨回収を行っていますがそれもすべて自費。慰霊祭への参加もすべて自費。この違いはなんですか? 日本は勝利国アメリカの戦後教育で日本兵は悪者だと教えてきた。悪者だから忘れ去ってしまっても良かった。亡骸の上のコンクリートも剥がさず、離陸のたびに、着陸のたびに踏みつけにしても良かった。みんな故郷を護って戦った英霊なのに」

兵士「硫黄島にたくさんの洞窟があったでしょう? 当時はもう鉄も貴重だったから、みんな素手で爪を剥がしながら掘って立て篭もった。。狭いトンネルの中は外の灼熱の気候やアメリカ軍の火炎放射で高温になって、洞窟内の温度は70度にも達した。雨水を貯めた私達の命綱だったドラム缶にね、吹き飛ばされた仲間たちの髪や肉片がすぐに混入した。(そんな水でも飲まざるえなかったから)飲むとね、とても甘露、美味しいんですよ。瀕死の仲間に末期の水だと思って、汲んで口にかけるんですけどね、洞窟内の温度が70度に達しているから水も、高温、熱湯なんですよ。死にゆく仲間の唇が火傷でみるみるふくれ上がってね。でもそれしかなかったから・・・。私の戦後の60年はその膨れ上がる唇を毎日思い出しながら生きてきたんですよ。だから、南に向かって冷たい水を毎日お供えしています。」

合同慰霊祭のとき、アメリカの遺族や元兵士から日本の遺族に対して、同情の声があるという。

「日本政府は祖国の英霊の遺骨の回収も行わず、踏みつけているのですね。。」

参考文献:ぼくらの祖国 青山繁春 著



私も習って毎日、南に水を供えて報告していこうと思う。

皆さんが護ってくれたおかげで、今こうして生活できています。みなさんが命をかけて護ってくださったこの日本を少しでもよくできるように私なりに頑張ります。

皆さんが護ってくださって繋いでくださったお陰で昨日、新しい命がまた誕生しました。

ありがとうございます。
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